エールビールとパブ文化は切っても切れない関係です。詩人にして英文学者の西脇順三郎も「ビールの歴史は英国の大衆の歴史と一致している」と指摘しています。今回はエールビールとパブ文化、イギリスとスコットランドのビールの歴史についてお話しします。

"The Black Cat, Rose St, Edinburgh"

ビールの歴史


ビールの歴史は古く、紀元前8000〜4000年のメロポタミアのシュメール文明まで遡ります。また、紀元前3000年頃のエジプトでもビールは人々の間で広く飲用されていました。肥沃なナイル河畔で収穫される大麦を原料につくられたのです。紀元前1700年代半ばに制定された初めての成文法『ハムラビ法典』にもビールにかかわる法律の記述があります。


ビールという言葉はゲルマン語のベオレ、つまり穀物からきたといわれています。これが現在のビールの語源と言われています。


また、ローマ時代のケルト人は自分たちの言葉でビールのことをアルーとかエウルといっていたようです。「植物のしぼり汁」の意味で、苦味や渋味をもつ植物を加えた飲料を指していたといわれ「エール」の語源と考えられています。


今飲まれているクリアでホップの効いたビールが飲まれるようになったのは11世紀後半からですが、太古の昔からビールは人々と密接に関わってきました。

"The Prospect of Whitby, St Katharine's & Wapping, London, 2019" Photo by Yuta

イギリスのビールの歴史


イギリスにビールが伝わったのは紀元前1世紀ごろです。6世紀の終わり頃にはローマ教皇グレゴリウス1世が布教を目的に修道院と共にビールを醸造し始めたことからイギリス中に広がりました。


9世紀頃になると「エール・ハウス」という自家製エール(ビール)を売る居酒屋のような店が広がります。都市の発展につれて、12世紀にはビール専業醸造家が現れ、修道院でのビールの醸造も一層盛んになり、ビールの存在が一般の人々に浸透していきます。


この頃のイギリスのビールはホップの代わりに「グルート」と呼ばれるハーブやスパイスを添加するのが主流でした。イギリスでホップが使われ始めたのは15世紀で、当時はホップを添加したものを「ビール」、グルートを使用したものを「エール」と区別していました。ホップを使ったビールが普及した17世紀以降はエールにもホップを使う醸造者も増えました。


1630年頃にバートン・オン・トレントという町から「ペールエール」が誕生します。1722年には、2種類のブラウンエールとペールエールをブレンドした「エンタイア」というポータービールが大ヒットします。ロンドンの青果市場の荷運び人(ポーター)達が好んで飲んだため「エンタイア」という正式名よりも「ポーター」の名で世間に広がっていきました。その後ポーターはアイルランドに渡り1778年にギネス社からローストとポップの強い「スタウト」が誕生します。


19世紀になるとペールエールがビールの主流になり、衰退するポーターの変わりに、スタウトが人気を得るようになります。

"Anchor Inn, Lewes England, 2019" Photo by Yuta

スコットランドのビールの歴史


スコットランドでのビールの歴史は5,000年前に遡ります。 スカラ・ブレイ(スコットランドのオークニー諸島に残る新石器時代の石造の集落遺跡)など新石器時代の遺跡で大麦からエールビールが作られた可能性を示す記録が見つかっています。


スコットランドのエールは、ケルト族やピクト族を含むさまざまな北欧の部族によって作られたクワス(伝統的な微炭酸の微アルコール性飲料)やグルートのように、シモツケ(バラ科の落葉低木)で味付けされていました。

Skara Brae
Spiraea japonica(シモツケ)

また、苦いハーブを使用するケルトの伝統は、ヨーロッパの他の地域よりもスコットランドに古くから残っていたことがわかっています。 古代ギリシャの地理学者であるピュテアスが、紀元前325年にカレドニアの住民が強力な飲料を醸造する技術に熟練していたと記述しています。


「エール」の語源がケルト族のゲール語であることも、スコットランドでのエールビールの歴史と人々との関わりを示唆しています。

ビールの風味付けと保存のためのヘザーなどの苦いハーブの使用は、イギリスの他の地域よりもスコットランドで長く続きました。 1769年の記録には、スコットランドのアイラ島では「エールは若いヘザーの花の上部を使用して作られることが多く、その植物の3分の2を麦芽の1つと混ぜ、時にはホップを追加する」と書かれています。 その後スコットランドビールもイギリスの他の地域と同様に、19世紀の終わり頃までにホップがハーブに取って代わりました。

イギリスでは植物のことをヘザーと呼び、ヘザーが茂る野(大群生)のことをヒースと言う

スコットランドでは、イギリスの他の地域よりも古代の醸造技術と原料が引き続き使用されていましたが、主な醸造は他の地域と同様に修道院の手で行われました。 ただし、醸造原料の場合と同様に、開発はゆっくりと進む傾向にありました。


1509年、アバディーンには150人以上の醸造者(すべての女性)がいました。 ロンドンでは290人の醸造者のうち約40%が男性だったことからもケルト神話同様、女性の立場が強かったことがわかります。1560年代以降の商業醸造は、1598年のエジンバラ協会の設立によって確立し発展しました。


1707年の連合法の後、 ビールに対する税金はイギリスの他の地域よりも低く、スコットランドではモルトに対する税金もありませんでした。これはスコットランドの醸造者にとって経済的な利益をもたらしました。1719年ダンバーで、ダジョン&カンパニーのベルヘイブン醸造所が設立されるなど、18世紀にはスコットランドのビール醸造はさらに盛んになり、特にエジンバラには40の醸造所がありました。その醸造規模は世界最大に匹敵しようとしていました。


また、ペールエールがバートンで最初に醸造したと考えられる1年前。 エジンバラのキャノンゲート地区にあるロバートディシャー醸造所が、エジンバラペールエールで大成功を収め、他のエジンバラの醸造家が続きイングランドやロシア、アメリカに強いホッピースコットランドビールを輸出していたという説もあります。


この頃、スコットランドのほとんどの醸造所はエジンバラとアロアなど低地に発達し、世界中のビールの輸出の中心地として有名になりました。20世紀の終わりまでに、小さなビール醸造所がスコットランド中に生まれました。

パブの歴史


イングランドやスコットランド、アイルランドでは、ビールをパブで飲む習慣が根づいています。「パブ」とはどんな場所なんでしょうか?


パブとは、「パブリックハウス」の略。飲み屋というよりも社交場のような場所です。


パブという略称が文献に現われたのは1865年ですが、11世紀に中世の都市の発展と旅行者の増加により「イン」と呼ばれる宿泊宿が街道沿いに発展します。この「イン」と「エール・ハウス」今日のパブの前身と言えます。


この他、今日でもその名を残す「タバーン」というものがあります。現在のパブとの明確な区別は難しいのですが「タバーン」(TAVERN)はラテン語の居酒屋(タベルナ)の意味であり、英国のパブの大半が料理の提供はランチタイムのみという営業形態をとっていることから、料理の有無で区別するという考え方もあります。


ちなみに「イン」(INN)はアングロ・サクソン語で宿屋の意味です。


「イン」、「エール・ハウス」、「タバーン」は時代とともに交ざり合いやがて今日のような人々の集う場所「パブ」が誕生しました。


イギリスの代表的なエールビールのスタイル


イギリスのビールといえば、エールビールが主流です。エールとは、下面発酵より高めの温度で発酵する香り高いビールのこと。下面発酵で作られる爽快な香りのラガーと違った華やかな香りが特徴です。香りを楽しむために、少し高めの9度から常温くらいが適温といわれています。ここではイングランドとスコットランドのビールをご紹介します。


  • イングリッシュ・ペールエール

バートン・オン・トレントで生まれた黄金色から銅色の中濃色ビール。フルーティな香りと苦味が特徴です。

  • インディア・ペールエール(IPA)

イギリスから支配地のインドへ船でビールを輸送していた18世紀末頃、暑く長い船旅での腐敗防止のため大量にホップを入れた結果、香りや苦味が際立ったビールが生まれました。それがインディア・ペールエール。強いホップの苦味が特徴です。

  • ブラウンエール

ニューキャッスルで生まれた茶色のビール。アルコール度数も4.0~5.5度と比較的低め。ペールエールの苦味に対抗して作られたこともあり、ホップの苦味は弱く、モルトの風味がはっきりしています。

  • ポーター

18世紀初めにロンドンで人気のあったブレンドビール「スリースレッド」をお手本にして作ったビール。荷運びする人(ポーター)に人気があるビールだったためこの名前になったといわれます。ホップの苦味が若干強く、モルトの甘味が感じられます。

  • スコッチ・エール

スコットランドのエディンバラでつくられるアルコール度数6.2~8.0度と高めのビール。やや強めの苦味とカラメル風な甘味があります。ベルギービールに対抗して作られたもの。

  • スコティッシュ・エール

スコットランドで伝統的に作られていたビール。アルコール度数は3.0~5.0度。ホップの苦味は弱く、飲み疲れないビール。

  • バーレイワイン

バーレイ(大麦)で作るワインのようなフルーティーで芳醇なビールという意味。アルコール度数は7.5~12度と高め。長期間熟成するタイプのため、黄金色から暗褐色のしっかりした味わい。

アルコール度数の高いエールビールから甘みのある飲みやすいエールビールまで様々なものが作られています。


作られているエールビールとイギリスの地図を見比べて面白いのは、スコットランドやイングランド北部など北に行くほど甘く、モルティなエールビールが多く、イングランド南部寄りではホップの効いた苦味のあるエールビールが多いということです。これは諸説ありますが、ポップの生産地がイギリスの南にあるためだと言われています。


一言にエールと言っても奥深いのがイギリスのエールビールです。


初夏のイギリス、宵のうちのパブで、カウンターに持たれながら、窓から頬に触れる日照時間の長い太陽の暖かさを感じながら、パイントグラスになみなみ注がれたエールビールを飲む。ここは天国に近いな。そう思いながら、イギリス人の人柄や歴史を身近に感じることができたような気分になります。


イギリスを肌で感じることのできる、素晴らしきパブとエールの世界をぜひ!


Written by Yuta


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